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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)3108号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月二七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金四四八三万七〇〇円及び内金四〇〇〇万円に対する平成三年九月二七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、安田昭司(以下「安田」という。)と被告との間の民事執行規則一〇条に規定する支払保証委託契約に基づき安田の損害賠償債務についての保証債務の履行及び支払請求日の翌日からの遅延損害金の支払を求めるとともに、不法行為(支払拒否)による損害賠償請求権に基づき弁護士費用分の損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  安田は、原告に対し、名古屋地方裁判所昭和五七年ヨ第一二八三号不動産仮差押申請事件(以下「本件仮差押事件」)において、昭和五七年八月二七日、額面合計五七〇〇万円の割引国債の担保を立て、安田の原告に対する交換契約の解除による損害賠償請求権を被保全債権として原告の不動産を仮に差し押さえる旨の決定を得た。

2  原告は、安田に対し、名古屋地方裁判所昭和五九年ワ第九七〇号事件において、本件仮差押事件に係る仮差押えの申請及び執行による損害賠償金の支払を求め、平成三年九月一八日、右損害賠償金として、安田は原告に対し四〇〇〇万円を支払えとの仮執行宣言付判決が言い渡された。

3  原告は、被告に対し、平成三年九月二六日に被告に到達した書面で、2の損害賠償金について保証債務の履行を請求したが、被告は、「支払保証委託契約の成立につき疑義がある」「支払保証の履行については判決の確定が要件である」旨主張して支払を拒否している。

4  原告は、原告代理人に対し、被告に対する保証債務の履行を請求する訴訟を依頼し、平成三年一〇月九日、着手金として二四一万五三五〇円を支払い、同額の事件終了後の報酬を約した。

二  争点

1  支払保証委託契約の成立(原告の主張)

安田は、被告(当時の商号は株式会社兵庫相互銀行)に対し、昭和五七年一一月二九日、四〇〇〇万円を限度として、本件仮差押事件についての担保に係る損害賠償債務の支払保証を委託し、被告はこれらを承諾した。

2  損害賠償請求権の証明(原告の法律的主張)

仮差押事件についての担保に係る損害賠償請求権の存在の証明方法として仮執行宣言付判決で足りることは、民事執行規則一〇条一号でその証明方法のひとつとして「債務名義」が挙げられていることから、規定上明らかである。

(被告の主張)

民事執行規則一〇条の支払保証において担保権利者が保証者である銀行等に保証債務の履行を請求するためには、仮執行宣言付判決では足りず、確定判決を要するものと解すべきである。

すなわち、

(一) 右支払保証債務については、担保権利者が要件を具備して銀行等にその履行を請求した場合には、銀行等は支払保証をした限度で、債務の存否や金額等について実質的審査、判断をすることなく、支払に応ずべきものとされている。このように、銀行等から実質的審査権が剥奪されているのは、損害賠償債務の存否、金額等が、担保権利者と主債務者である立担保義務者との間で既に確定しているから、従たる債務者ともいえる銀行等との関係でも、この確定の効力を及ぼそうとするものである。

したがつて、担保権利者と立担保義務者との間では損害賠償債務の存否、金額が確定していることが必要である。

(二) 担保権利者は支払保証債務の履行を請求するにあたつて、損害賠償債務の確定の事実を証明しなければならないが、民事執行規則一〇条一号は、この点につき証明方法を一定の文書に限定したものであり、「損害賠償請求権についての債務名義」を証明文書とした趣旨は、「損害賠償請求権が確定していることが、債務名義という形で証明されなければならない」ことを示していると解すべきである。

(三) 担保権利者が仮執行宣言付判決により銀行等に支払保証債務の履行を請求できるとすると、次の実務上の不都合がある。

銀行等は、仮執行宣言付判決に表示された債務の存否を上訴審で争つているわけではなく、右仮執行宣言付判決により強制執行されることはないのでその支払を執行回避のためということはできないから、銀行等が支払をすると、右支払は任意弁済と解される。そうすると、上訴審は、銀行等による右支払の事実を認定しただけで、弁済による債務消滅を理由に原判決を取り消すことができることになり、これは不当である。

仮執行宣言付判決により銀行等が支払保証債務を履行し、その後に上訴審で仮執行宣言付判決が取り消された場合、銀行等には、少なくとも訴訟の被告と同程度の、原状回復のための簡易取戻しの手続が設けられていなければならない(銀行等は民事訴訟法一九八条二項の原状回復の申立てはなしえない)が、現行法上このような手当はなされていない。これは、右のような場合、すなわち、仮執行宣言付判決により銀行等が支払保証債務を履行することは考えられていなかつたためである。

3  支払拒否の違法性(原告の主張)

被告は、支払保証をしていながらその履行を拒否しており、重大な不法行為にあたる。

(被告の主張)

安田から被告に対し、平成三年五月、安田、被告間の支払保証委託契約は保証先欄の記載を誤つており無効である旨の通告がされ、また、被告の調査によれば、支払保証債務を履行する要件として判決の確定が必要である旨の文献が見られる一方、この点に関し何らの判決例もなかつた。

右の状況で支払を拒否したからといつて、支払拒否に違法性は存しない。

4  原告の損害(原告の主張)

原告が原告代理人に支払い、又は事件終了後の支払を約した弁護士費用は、被告の支払拒否により原告が被つた損害にあたる。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

甲二(保証先欄の「}」「誤記」との記載を除く。成立に争いがない)及び 乙五(成立については弁論の全趣旨)によれば、争点1の支払保証委託契約の成立を認めることできる。

なお、右乙五の保証先(担保権利者)欄には、安田の住所氏名が記載されているが、乙五の支払保証委託契約書の書式は民事執行法一五条又は民事訴訟法一一二条の担保に係る損害賠償請求権についての同条及び民事執行規則一〇条又は民事訴訟規則二条の二の規定による支払保証委託契約特有の書式であることは明らかであり(全銀協昭五五・一二・一六全業第二五号、全国相互銀行協会昭五五・一二・一九相銀第九九号各「民事執行法等にもとづく支払保証制度の諸契約書ひな型について」参照)、保証債務の内容欄には、本件仮差押事件の事件番号が記載されており、《証拠略》によれば、安田自身、仮差押命令を発した裁判所に対し、本件仮差押事件についての担保を、当初提供した割引国債から支払保証委託契約を締結する方法に変換することを求め、右裁判所はこれを認めたことが認められるから、前記の保証先欄の記載は、本来、原告の住所氏名を記載すべきものであるところ、被告の従業員の事務の不慣れから、安田の住所氏名が誤つて記載されたものと考えられ、この誤記をもつて支払保証委託契約の成立を疑わせるものとはならない。

二  争点2について

1  民事執行規則一〇条一号は、支払保証委託契約の締結が有効な担保の提供となるための契約の要件として、銀行等は、担保を立てるべきことを命じられた者のために、発令裁判所が定めた金額を限度として、「担保に係る損害賠償請求権についての債務名義」等に表示された額の金銭を担保権利者に支払うものであることと規定しており、担保に係る損害賠償請求権の存在及び額を証明する文書である債務名義について何らの限定もしていないのであるから、右債務名義とは、民事執行法二二条の債務名義を指すものと解さざるをえない(最高裁判所事務総局編「条解民事執行規則」第一〇条、同「条解民事保全規則」第二条の各解説においても、債務名義とは、民事執行法二二条の債務名義を意味するものとされている)。

のみならず、定型の支払保証委託契約書の第四条(保証債務の履行)では、一項ただし書きにおいて「債務名義が担保を立てることを強制執行実施の条件とするものであるときには、保証先が担保を立てたことを証明する公文書の提出を要するものとします」と規定されているところ、仮執行宣言付判決こそ担保を立てることを強制執行実施の条件とする債務名義の典型例といえるのであるから、支払保証委託契約の条項における債務名義、すなわち、民事執行規則一〇条一号の債務名義には仮執行宣言付判決が含まれることは、十分意識されているものと考えられる。なお、全銀協の前掲通達によれば、「本ひな型は、この制度(支払保証制度)の立案当局である最高裁判所事務総局民事局と充分協議のうえ作成して」あるということであり、右は立法者の意思とも推測できる。

2  被告は、銀行等から損害賠償請求権の存否、金額等についての実質的審査権が剥奪されている以上、損害賠償請求権の存在及び金額については確定していることが必要である旨主張するが、銀行等に右の審査権を与えない一方でどのような文書を損害賠償請求権の証明文書とするかは、立法政策の問題と考えられ、民事執行規則は、右文書に民事執行法に規定する債務名義すべてを含ませたと解されることは1のとおりである。

また、被告が主張する実務上の不都合に関しても、銀行等と立担保義務者の関係を考慮するとき銀行等の支払は任意弁済としか解することができないのか、銀行等に民事訴訟法上の原状回復の申立てを準用させることはできないのか即断できない面もあり、結局、民事執行規則一〇条一号が損害賠償請求権の証明文書から仮執行宣言付判決を排除しているとの根拠にはならない。

3  右によれば、本件仮差押事件についての担保に係る損害賠償請求権につき仮執行宣言付判決を得た原告の、支払保証債務の履行を求める請求は理由がある。

三  争点3について

原告の不法行為の主張は、被告の保証債務の不履行を不法行為と捉えるものであるが、原告は、被告が支払を拒否しているという以外に拒否の理由、態様に反社会性、反倫理性があると具体的に主張しておらず、本件全証拠によるも、被告の支払拒否に反社会性ないし反倫理性があるものとは認めることができない。

したがつて、支払拒否があるというだけでは、直ちに不法行為を構成するとはいえず、原告の不法行為に基づく損害賠償を求める請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、支払保証債務の履行として四〇〇〇万円及び原告が支払を請求した日の翌日からの商事法定利率の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判官 江口とし子)

《当事者》

原 告 株式会社シンコーホーム

右代表者代表取締役 海部幸志

右訴訟代理人弁護士 東浦菊夫 同 広瀬英二

被 告 株式会社兵庫銀行

右代表者代表取締役 山田 実

右訴訟代理人弁護士 西垣 剛 同 八重沢総治 同 針原祥次

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